
積み重ねてきた看護を、
次の世代へつないでいく
管理師長
- K・Y
- 1999年入職
プロフィール
保育士である母の影響もあり、幼いころから“私は看護師になる”と漠然と思っていました。小学校の卒業文集にも「看護師になりたい。無理なら医療事務でもいいから病院で働きたい。」と書いていたほどです。高校卒業後に泉州看護専門学校へ入学しました。奨学生になる際、“総合病院”への憧れから、耳原総合病院を選び、卒業後の1999年に入職しました。
入職後は外科病棟に配属され、人工肛門(ストマ)を増設した患者さん同士が交流を深める「患者会」の運営にも力を尽くしました。その後、旧病院のICU・循環器内科・胸部外科の混合病棟へ異動し、新病院への移設を機に病棟師長となりました。5年間の病棟師長を経て、2020年のコロナ禍にER(救急外来)・内視鏡の師長へ異動しました。コロナ禍で緊迫した状況が続き大変なことも多くありましたが、看護師として、また師長として貴重な経験をさせてもらえたと感じています。その後2024年に専任教員の研修を受け、同年11月より現在の教育担当師長となりました。
耳原総合病院で働いてみてどうですか?
ERで働いていたとき、救急隊やクリニックの方と関わることが多く、地域の方々と支え合いながら医療を行っていることを実感しました。特にコロナ禍ということもあり、クリニックから紹介された患者さんを快く受け入れることが難しい場面もあり、葛藤もありました。一方で、地域の方から「やっぱり耳原さんにお願いしたい」と頼りにしていただくことも多く、寄せられる期待の大きさを感じました。こうした経験を通して、「地域の方々の期待に応えたい、この病院でできることを精一杯頑張りたい」と強く思える、そんな暖かくやりがいに満ちた病院だと感じています。
職場の特徴と業務内容を教えてください。
現在は教育担当師長として、看護部全体の教育体制を整える役割を担っています。新人看護師の教育をはじめ、教育担当副看護部長や教育担当主任とともに、経年別研修やラダー研修の運営、看護補助者への教育など、教育全般の企画・運営や講師を担当しています。
病院全体の看護職員を対象とした教育を担うことは責任も大きく大変なこともありますが、スタッフ一人ひとりが学びを深め、「よい看護を実践できている」と感じてもらえるような教育を心がけています。

働くうえで大切にしていることを教えてください。
“看護実践の概念化”を大切にしています。
日々の看護実践は、振り返らなければ、ただ毎日が過ぎ去っていくだけになってしまいます。日々の実践を振り返り、自分の看護を言語化することで、「私はどのような看護を大切にしているのか」という、自分自身の軸(看護観)を理解することにつながります。また、言葉として伝えることで、自分の看護を後輩へとつないでいくこともできます。だからこそ、日々の看護を振り返り、言葉にして表現することを大切にしています。
看護師をして良かったことを教えてください。
以前、7階病棟で師長をしていた際、病棟レクリエーションや季節のイベントに力を入れて取り組んでいました。クリスマスにはスタッフ全員でハンドベルを演奏したり、看護補助者さんがサンタやトナカイの着ぐるみを着てデザートを配ったり、節分には看護師が鬼の衣装をまとって豆まきをしたりしました。
これらはすべて、スタッフが「患者さんに喜んでもらいたい」という一心で団結して実現したものです。レクリエーションを通して、普段の療養生活では見ることのできなかった患者さんの新鮮な笑顔や新たな一面を知ることができ、関わる私たち看護師も楽しみながら“看護の楽しさ”を感じることができました。長期入院されていた患者さんが、涙を流して喜んでくださっている姿を見たときは、看護師をしていて本当に良かったと胸が熱くなりました。
これから入職する方や学生に向けて一言お願いします
看護師になりたいきっかけは、一人ひとり違うと思います。看護は、人を理解することから始まります。患者さん一人ひとりと向き合い、その人らしさを大切にしながら看護を実践する中で、自分自身も成長していくことができます。耳原総合病院では、日々自分の成長を実感できる教育体制を整えています。ぜひ私たちと一緒に学び、成長しながら、看護師として歩みを進めていきましょう。