外来診療の短い時間の中で、患者さんの全体像を把握することは並大抵のことではありません。頻度の高い疾患である「高血圧」のため降圧剤の投薬を受けている患者さんの状況を例にとって、お話ししてみましょう。まず、高血圧自身の経緯について把握しなければなりません。高血圧はいつ頃からどの程度の血圧値で発見されたのか、降圧剤の投薬が開始されたのはいつからなのか、普段の家庭血圧はどの程度なのか。それらの情報により、高血圧がその患者さんの全身の血管に及ぼしてきた影響の度合いが類推できます。でも、それだけの情報では全く足りません。普段の食生活での塩分摂取量や総カロリー数、喫煙や飲酒の有無、睡眠時間、運動にかけている時間、夜勤があるのかなど仕事の状況、睡眠時無呼吸の有無など、生活習慣の是正に関わる情報収集も必要です。高血圧と慢性腎臓病には密接な関係があり、腎機能についての把握は必須です。それに加えて降圧剤にはそれぞれ特徴的な副作用が存在しますので、その患者さんの既往症を知っておく必要があります。糖尿病があれば降圧目標が厳しくなりますから、糖尿病についての情報も必要になります。
高血圧に関連する疾患の把握だけでは不十分です。例えば、その患者さんが2年前にピロリ菌による慢性胃炎のため、ピロリ菌の除菌療法を受けていたとしましょう。この2年間に胃カメラを受けていないとすれば、そろそろお勧めしなければなりません。ピロリ菌を除菌できても、胃がんの発生率はもともとピロリ菌感染をしていなかった方に比べて高いため、1~2年に1回は、胃カメラによる胃がんのチェックが必要なためです。また健診などで、胸部レントゲン撮影や便潜血反応(大腸がんや大腸ポリープのスクリーニング検査になります)をしておられるかどうかも大切な情報です。肺がんや大腸がんは、症状が出てからでは手遅れになる場合があり、早期発見、早期治療が望まれるからです。医学的な情報以外の情報収集も必要になることがあります。定期受診が難しい患者さんの中には、金銭的理由、ご家族の介護、不安定な就労状況など社会的な問題が存在することがあります。
上記の様に「高血圧」と言う比較的単純な疾患1つ取っても、患者さんの全体像を把握するにはかなりの情報収集が必要になります。他の疾患にも、それぞれ疾患ごとの重要な情報ポイントが存在します。これらの情報を短時間に医師1人が収集することはできません。やはり、看護師さんや、事務、ソーシャルワーカー、ケアマネージャーなど患者さんに関わる多職種で、色んな視点から患者さんを把握することが大切です。また定期的に外来通院していただきながら、時間をかけて少しずつ「患者さんの情報」と言うジグソーパズルのピースを集めてゆき、それを一つの絵にしてゆく作業が必要です。患者さんには是非「かかりつけ医」を持って頂き、自分の情報全体を把握してくれる医師やクリニックを持っておかれることをお勧めします。