最近「全国的に破傷風ワクチンが不足し(製造工程の検証による出荷停止)、救急医療の現場が困っている」と言う報道を目にしました。みなさんは「破傷風」という病気をご存じでしょうか?日本で1年間に100名程度の方が発症する、死亡率が5~10%程度の今でも怖い病気です。破傷風は、「破傷風菌」という土などに広く存在する菌が傷口から入ることから始まります。破傷風菌が産生する毒素により全身の筋肉が痙攣状態になり、呼吸が出来なくなって死に至るのです。
1950年には破傷風は日本で年間約1600人もの方が亡くなる死亡率81%のとても怖い病気でした。ですが、1952年に破傷風トキソイドワクチンが導入され、1968年から予防接種法によるジフテリア・百日咳・破傷風混合ワクチン(DPT)の定期予防接種が開始されて、患者数・死亡者数が減少してきました。言い換えると1967年(昭和42年)以前に生まれた方の大部分が、破傷風抗毒素を持っていないという事です(私自身もその1人です)。
私は長らく救急医療に従事していました。非常に多い傷病の一つに「高齢者転倒」があります。高齢者は反射神経が鈍っているので、屋外でつまずいた際に転倒してしまいます。また、手を出して顔面や頭部をかばうのが遅れて、顔面を含む全身の広い範囲に「土で汚れたすり傷」を作ってしまいます。最も怖いのが上で述べた破傷風になります。十分に水で傷口を洗ったのちに、救急室で破傷風ワクチンを打ちます。現在破傷風ワクチンが不足しているため、そのワクチンを十分に打てない状況が日本全国で拡がっているようです。日本救急医学会と日本外傷学会は連名で医療従事者に、「創部の洗浄とデブリドメント(挫滅組織などを取り除く事)をこれまで以上に厳重に実施する事」を呼びかけています。
本来破傷風ワクチンは3回接種が必要です。1回目と2回目は3~8週間、2回目と3回目は6ヶ月以上(標準12~18ヶ月)あけて接種します。1967年(昭和42年)以前に生まれた全ての人は対象になります。特に転倒の危険が高い人、けがをしやすい人、園芸などをされる人や災害医療などに従事する可能性のある医療従事者は破傷風ワクチンを受けておかれた方がよいです。ですが、破傷風ワクチンの効果は10年間程度です。10年以上前に接種した方は、追加接種が必要です。
私は高齢者の方に、季節性インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン、帯状疱疹ワクチン、そして破傷風ワクチンの接種を勧めています。現在は破傷風ワクチンが不足しており、救急室に運び込まれた、破傷風リスクの高い傷病者への接種が優先されます。まずはケガをしないように心がけることです。そしてケガをした場合には、十分に傷口の洗浄をしましょう。